Sep 28, 2010

現代社会で需要が広がる"就職塾"について。

"就職塾"は、過去数年の間に生じたサービスではないでしょうか。就職が難しいことが知られている現代どうすれば就職できるかどうか、また、相談なども行っているゴトドイトヌンようです。自分は全然"就職塾"を知らないので使用することももちろんなくて、友人や知人にも聞いたことがありません。しかし、内定率も低く、年々求職者が増えているので、需要は拡大しているのではないでしょうか。
先日、"長年の塾に通うことにあり、学校は、私たちリー子供の成績を上げて与えることはありません"と書かれている学習塾の広告がポストに入っていた。成績は自分で上げることで、誰かがあげてくれるものではないのに、と思っていた。しかし、今の親はお金を払えば何でも要求通りにしてくれるのが当たり前だと思っているのだと思っていた。 "就職塾"という塾に入ると、就業を保障してくれるか?なんか変だ。もちろん、履歴書作成や礼儀や面接のコツなどを教えてくれるのではなく、就職塾に入った人だけが入社行けば、不当な会社のようになる気がする。社会人になるから、適度に学校ではなく、自分の力で未来を切り開いて行きたいです。
 □リングヂャケット社長 福島薫一さん

 ■今さら東京に出るつもりはない 「負けてたまるか」という思いもある。

 −福島さんは昭和58年、父の乗一さんが創業したリングヂャケットに入社されました。早くからファッションの仕事をしようと考えていたのですか

 福島 父に似て服には興味がありましたから。

 −−入社してからどんな仕事をしたのですか

 福島 最初は商品の出荷業務です。営業や生産の仕事も経験しましたね。

 −−セレクトショップとの取引が最初の転機だとすれば、2度目はイタリアの服との出合いですね

 福島 初めてイタリアを訪れたのは1988年ですが、驚いたのはスーツの柔らかさでした。カーテンが風になびくような感じをドレープ感といいますが、それがきれいに出ていて体になじんでいるのです。

 −−当時はアルマーニやヴェルサーチの時代です。それまでリングが追求してきたトラディショナルなスーツとは違いますね

 福島 確かにモード系が主流でしたが、後に「クラシコ・イタリア」と呼ばれ、日本でもブームとなるクラシックな服も広がりつつありました。われわれの縫製技術を生かすのはこの方向だと思いました。スーツを買って帰り、工場で分解してイタリアの服作りを徹底的に研究しましたが、びっくりしましたね。

 −−と言いますと

 福島 不完全だが、計算された服作りをしているのです。イタリアの服はボタンが取れやすいといわれますが、それは柔らかさを表現するため、わざとキチンとつけていないのです。日本人は見栄えのいい服を作ることはできるようになったが、味のある服作りではまだまだイタリア人に及ばないんだと痛感しました。スーツを分解してパターン(型紙)を取り、彼らが使っている肩パットや毛芯(けじん)などの副素材を求めてイタリア各地を回りました。

 −−イタリアの服に少しでも近づけましたか

 福島 今も年2回はイタリアに行きますが、道はまだはるか遠いですね。

 −−福島さんは「メード・イン・オオサカ」へのこだわりも強いと聞いています。3年前には高級ジーンズで知られるエヴィスジャパンと、大阪発を前面に打ち出した新しいブランドを立ち上げましたね

 福島 エヴィスの社長、山根英彦さんと「大阪を本拠とするもの同士が協力し、いい服を作っていこう」と意気投合したのがきっかけです。ブランドのマークは御堂筋のシンボル・イチョウ。襟のネームに市外局番の「06」を入れるなど徹底して大阪にこだわったブランドでした。

 −−大阪生まれの企業の東京シフトが進んでいます。とくにファッション業界では東京の方が圧倒的に便利だと思いますが

 福島 今さら東京に出るつもりはありません。大阪は創業の地ですし、「東京に負けてたまるか」という思いもありますから。

 −−まして海外への工場移転はありえないと

 福島 中国や東南アジアに工場を移すことは絶対にありません。いいモノをつくろうとするなら、やはり工場の近くにいないと。われわれは価格を追求するのではなく、デザインや縫製にさらに付加価値を持たせ、「メード・イン・ジャパン」、そして「メード・イン・オオサカ」にこだわっていきたいですね。(聞き手 竹田徹)

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 □代表取締役 仁張正之さん(51)

 仁張工作所は、平成20年「知的資産経営報告書」を作成した。自社の強みを、いかに収益につなげるかを表したもので、顧客等との強力なコミュニケーションツールになる。

 同社の知的資産は人材とネットワーク、そして技術力。先代から変わらず引き継いできた強みである。

 報告書は、社員の顔が見えると評判だ。「社員は毎年積み上げていく資産です。そして、経営理念を通して同じ価値観を共有したい」という社長の思いが、社員にも浸透している。

 情報公開にも気を配っている。情報発信が信頼を生み、ネットワークが大きな強みに育っている。こだわりの技術の本質は、実はニーズに応える力。

 「形は真似できても本質は真似できない。これはやり続けて蓄えていくもの」。共通するのはコミュニケーション力である。そこに社長は「変革する力」を加えた。

 2代目就任後、時代の変化を感じて、これまでのトップダウンの仕組みからボトムアップを加えた組織力強化へと舵を切った。過去5年分のデータを再整理し、経営方針を定め、ISO9001にも取り組んだ。こうした実績が「板金加工の専門家集団」を作り上げている。「現在は、先行の利がある。ニーズはどんどん変わる。周りが変わっても揺るぎなく利益を出せる組織へ高めていきたい」。変えてはならないものと、変えるべきものをしっかり捉え、仁張工作所の挑戦はまだまだ続く。

 大阪府東大阪市水走3の14の6 (電)072・962・2831

 別注スチール家具・ステンレス家具、各種精密板金加工などの製造・販売

 http://www.nimbari.co.jp

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